第5章 招かれざる客
「でもまぁ…俺は今気分がいい。許してやる。…明日必ず連れて行くからな。荷支度でもしてろ」
男はそう言うと、の手をぐっと強く握った。あまりの力に、彼女の顔が歪む。それでも離さない。
も振りほどこうとしない。
男はを見つめるが、は男と目を合わせずに下を向いて堪えている。
それを無理矢理上を向かせて視線を合わせると、男は彼女の瞳の中に畏れを見つけ、満足そうに笑んだ。
低い声で、刻みつけるように言う。
「お前は、必ず、俺の元に帰ってくる」
は目を見開いた。
血が止まり、白く冷たくなった手は次の瞬間手放され、男は立ち上がると彼女を見下ろした。
表情を消した顔でを見遣り、身を翻し。
何事もなかったかのように家を出る。
ドアの閉まる音が、冷たく無機質に響き渡った。
そうしてようやく解放されたように、はゆっくりと長い息をつく。
冷たくなった手。少し見つめてぎゅっと握りしめ、再び血の通った手が温まるのを待った。
「………………」
気まずい沈黙が落ちる。先程のいざこざが嘘のように静まり返っている。
バージルは眉をひそめたまま、を見た。
聞きたい事があった。主にあのいけ好かない男について。
しかし、の様子を思い返すと、尋ねるのも気が引けた。
「…家を出なければならないようだな」
やっとそれだけ言う。
違う。聞きたいのはこんな事じゃない。
家を出るなんて。がいなくなるなんて。
そんな事は、知りたくない。
「………うん…」
返された言葉に感情が沈んだ。
どこかで否定を願っていたのに、肯定の返事。苦い思いが広がる。
何故肯定する。さっきはあの男にあれほど恐怖していた癖に。
本当に行きたいのか?本当は行きたくないんじゃないのか?無理をしているのではないのか。
あの男に恐怖しているから。恐いから従わざるを得ないというのなら、ならば、俺が、その元凶を絶てば。
そこまで考え、自分勝手に決め付けている思考に気付き吐き気がする。何に対してか、悔しさが後から後からわいてくる。