第12章 舞踏
ああ、駄目。ナイフが滑る。
汗? 違った血だった。
視線を常に動かしているせいか、自分がちゃんと立っているのかすらわからない。
倒れそう。目が回る。
血が足りない。
足を引っ掛けられ、倒れた上から刃が降りる。
避けきれなくて、脇腹に大きく傷。
―――私、長期戦苦手なんだよねえ…
ぼんやり。
血も体力も精神も失う世界。身体を失うのはいつになるのか。
考えながら、また回る。
逃げには走れない。
あの家に、迷惑をかけるような事をしたくない。事態を広げたくない。
それだけがの力になっていった。
―――それでもこれは、ちょっと油断した…
そう、油断。
いつかのように。
そのうちは、視界が赤い事に気付いた。
戦いに集中していたせいで気付かなかったが、世界が赤い。地面も空も赤い。
目に血が入ったのだと、気付くのに数秒。
地面が更に濃い紅なのは、自分が流したもののせい。
反撃が遅すぎた。
腕の立つ男4人が相手では勝てるものも勝てなかった。
平和に慣れすぎた。
人を傷つける恐怖が以前よりも強くなっていると、それだけが頭の中を巡った。
それが果たして幸なのか
不幸なのか。
不意にぐらりと視界が傾いた。
幾度目かの事で虚ろに空を仰いだ。倒れないようにしなきゃ、と思った時。
どさりと地面に叩きつけられる。
ひゅー、ひゅー、と呼吸の音。ああ、肺を潰されたっけ。
地面も紅い。傷がついている。その隙間に、自分から流れた紅がなぞるように広がっていく。
近づいて来る足音。逃げなきゃ。
しかし叶うわけもない。
敵うわけもない。
髪を引かれ、息が止まる。殴られて飛ばされる。
痛みはとうに失せていた。
見上げた視線の中に男達の笑み。
勝敗は明らか。明らかすぎるほど。
悔しいとは思わなかった。
ただ疑問符が頭を巡り、やっと止まれた、とだけ思った。
殺すの? 私を。
殺すの? 人殺しを。
人殺しを殺してくれるの?
―――冗談じゃない。