第6章 宿望…
勢いで家を飛び出してしまったものの、行く宛なんてない僕は、知らず知らずの内に、下宿までやってきていた。
二宮の名義を借りておいたおかげで、僕はまだこの部屋に自由に出入りすることが出来る。
狭くて薄暗くて、屋敷の自分の部屋に比べたら、天と地程の差があるけれど、僕はこの部屋が嫌いじゃない。
僕はすっかりがらんどうになった部屋の壁に凭れ、ゆっくり瞼を閉じた。
でもそこに浮かぶのは、智子の一瞬見せた悲しげな表情(かお)で…
「ごめん、智子…」
呟くと、熱くなった目頭を手で抑えた。
すると、どこからともなく鼻歌のようなのが聞こえてきて…
僕はゆっくり腰を上げると、建付けの悪い玄関扉を開いた。
「なんだ、来てたのか…」
そこに立っていたのは二宮だった。
二宮には名義を借りる条件として、部屋の共有を約束していたから、彼がここに来ることに対しては、何の疑問も感じはしない。
「ああ、ちょっとあってね…。どうぞ?」
「ちょっと、って何だよ? また親父さんか?」
靴を脱ぎ、背中を丸めながら、二宮が心底寒そうに両手を擦り合わせる。
「いや…、父様とは何も…」
いくら何でも。殆ど会話らしい会話もしていないのに、父様の機嫌を損ねはしない。
「じゃあ…原因は“これ”か?」
二宮が唇の端をクイッと上げて、小指を立てた。