第6章 宿望…
「少し痛むわ…。兄様、摩って下さらない?」
所在なく身を持て余す僕の手首を、智子が掴んだ。
短く整えられた爪は、母様の爪と良く似た色をしている。
「ぼ、僕が…? 直(じき)に照が来るから、照に摩って貰ったらいいよ。それに湿布薬だって…」
「いや…。智子、兄様がいいの…」
智子の大きなびーどろの様な瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
その涙は、痛みのせいなのか、それとも…
「兄様じゃなきゃ嫌なの…」
ああ、智子の…
お前はなんて罪なことを…
僕の心がその言葉に抗えないことを知っているのに…
それなのに…
「…兄様、智子のことがお嫌い?」
「違う、そうじゃない…そうじゃないけど…」
「だったらいいでしょ? お願いよ、兄様…」
可愛い僕の智子…
出来る事なら僕だって…
でもそれは許されないんだ。
痛い程に僕の手首を締め付ける智子の手をそっと解くと、僕は滲み始めた涙を見られたくなくて、智子に背を向けた。
そして、
「照を寄越すから…。それまでいい子で待っておいで…」
智子を振り返ることなく言うと、僕は逃げるようにして智子の部屋を飛び出した。
途中、救急箱を手にした照が擦れ違い様に何かを言ったが、それには応えることなく、僕は階段を駆け下り、屋敷の外へと飛び出した。