第6章 宿望…
時刻が丁度正午を迎えようとした時、開け放ったままだった窓から、智子の笑い声が聞こえたような気がして、僕はすっかり根の生えてしまった腰を上げた。
風に舞うカーテンを捲り、窓の下を見下ろす。
そこには、真っ赤なドレスを風に靡かせ、まるで蝶が舞うように跳ねる智子の姿があった。
その傍らには、困惑の色を浮かべながらも、智子の手に引かれた潤の姿…。
僕の手は自然とカーテンの端を握り締めていた。
やはり智子じゃない…
僕の智子は、それが例え婚約者であったとしても、男に向かって智子はあんな風に笑いかけたりはしない。
一体どうしてしまったというんだ…
僕はそれ以上智子の姿を見ていられなくて、カーテンを閉じようとしたその時、
智子の腕が潤の首に巻き付き、少し背伸びをするような格好で、二人が顔を寄せあった。
…いや、違う…
智子の方から潤に顔を寄せたんだ、互いの鼻先が触れる距離まで…
まさか…、そんな…
僕は居ても立ってもいられず、開け放った窓から身を乗り出すと、
「智子、そんな所で何をしているんだい?」
緑の芝が広がる庭に向かって声をかけた。
「あら、お兄様。今日はとてもお天気が良いのよ? お兄様もお部屋に籠ってばかりいないで、お散歩でもなさったら?」
表情一つ変えることなく、智子が潤の首に巻き付いた腕を解き、僕を仰ぎ見た。
その瞬間、潤が助かったとばかりに、その表情を緩めたのを、僕は見逃さなかった。