第6章 宿望…
潤の問に、智子が視線だけを動かし、唇の端だけを上げて笑を浮かべる。
どこかで見たことがある…
そうだ、母様だ…
母様の、あの背中が寒くなるような、感情のない笑顔…
それと似ているんだ。
「いやだわ、潤さんたら…。私たち結婚するのよ? いつまでも“智子さん”なんて…他人行儀だわ」
私たち…?
智子は今までそんな言葉を使ったことがないのに…
それに、潤との婚礼だって、あれ程嫌がっていた筈なのに…
どうしてだろう…
久しぶりに愛しい妹に会ったというのに、この違和感ばかりの心中は…
目の前にいるのは、確かに“智子”なのに、それは紛れもない事実だというのに、それすらも智子ではないんじゃないか…そう思えてしまう。
智子…、僕がいない間に、一体なにがあったの?
僕が知ってる、あの可愛らしい智子は、どこへ行ってしまったの?
そんなことばかりを考えていたら、食事もろくに喉を通らず、僕は食事の途中にも関わらず、席を立ち、自室へと引き篭もった。
そして下宿から持ち帰った鞄を開けると、そこから薄青色の封筒を取り出した。
そこには、幼い頃に智子と二人で撮った写真と、智子の婚約の際に撮った写真が入っていて…
僕はその二枚を机に並べると、懐かしむように智子の輪郭を指でなぞった。
これは夢だ…
僕が妹を愛したばかりに、神様がお与えになった罰なんだ…
それでも智子を思う気持ちが止められない、罪深い僕に対しての罰なんだ…