第6章 宿望…
眠ろう…
そう思って瞼を固く閉じるけれど…
固く閉じれば閉じる程…
考えないようにしようとすればする程…
あの光景が…
裏庭から見上げたあの窓に映った影が、瞼の裏にちら付いて離れなかった。
結局、僕は一睡もすることなく朝を迎えた。
「良くお休みになれましたか?」
洗顔用の湯を洗面器に注ぎながら、照が穏やかな口調で言う。
「いや、あまり…。久しぶり…だからかな、落ち着かなくて…」
それは嘘じゃない。
いつの間にか、僕には薄暗くて狭い下宿での生活が、板に付いてしまったようだ。
「あ、それより…。智子が隊長を崩して臥せっているらしいけど、照は何か知ってる?」
照は、僕達が幼い頃から、屋敷の中のことは勿論だけど、僕達の身の回りの世話もしてくれている。
その照なら、何か知っているのかもしれない。
でも、
「さあ、私は何も…。坊ちゃんがお屋敷を出られてから、智子お嬢様のお世話は、奥様がなさってますから」
そう言った照の表情(かお)に、偽りは感じられなくて…
「そうか、母様が世話を…。あ、それと、あの開かずの間の鍵って、父様しか持っていないんだよね?」
何時だったか、母様に尋ねたことがあったけど、その時は上手くはぐらかされてしまったことがある。
でも照なら…
「あのお部屋の鍵は確か…、先代から旦那様が引き継がれたとお聞きしてますが…。それが何か?」
やはり父様しかあの部屋の鍵は持っていないということか…
「いや、何も。ありがとう」
僕が礼を言うと、照はそのまま部屋を出ていった。