第6章 宿望…
幻だ…
そうだ、僕は幻を見たんだ。
そうに違いない。
でなきゃ、あんなこと…
僕は庭に出た時同様、勝手口から厨房を抜けると、一気に階段を駆け上がった。
自室に向かう途中、智子の部屋の前で足を止め、乱れた呼吸を数回の深呼吸で整えてから、その扉を叩いた。
「智子、僕だよ、翔だよ?」
声をかけれけど…返事はない。
僕は俄に震える手を扉の取手に手をかけ、思い切り捻った。
…が、鍵がかかっているのか、扉はぴくりとも動かず…
嘘だ…
嘘だと言っておくれ、智子…
僕はその場に崩れるようにして蹲ると、抱えた膝に顔を埋めた。
智子…
僕の可愛い妹、智子…
閉じた瞼に浮かぶのは、屈託なく笑う、智子の愛らしい笑顔で…
男の前で…ましてや実の父である父様の前で、淫らに腰をくねらすなんて…
信じられない…
信じたくない。
それにまだあの人影が智子と決まったわけじゃない。
僕の呼びかけに応えないのは、きっと眠っているからだ。
潤が言ってたじゃないか、ここ最近智子は体調を崩していると…
考え過ぎだ…
僕はのろのろと腰を上げると、覚束無い足取りで自室へと向かった。
部屋に入るなり、ベットに身体を深く埋め、瞼を固く閉じた。
眠ってしまおう…
そして、明日の朝になったら、きっと僕が見たものは夢だったと分かる筈だ。
そう…、全ては夢…
だって智子の身体に、僕と同じ物が着いている筈がないのだから…