第6章 宿望…
父様の席が空いているのは、今に始まった事じゃない。
でも…ぽっかり空いてしまった智子のいない席は、なんだかとても物悲しくて…
満開の花のような智子の笑顔を失った食卓には、まるで全ての色を無くしてしまったように、暗く、そして重苦しい空気が漂っていた。
母様も、そして潤も…
誰一人口を開くことなく、ただ食器のと食器のぶつかる音と、給仕のために動き回る使用人達の足音だけが、無駄に広く贅沢な食堂に響いていた。
やがて食後の珈琲も終わり、席を立とうとした時、玄関ホールの方から、父様の豪快な笑いが聞こえた。
「義父君がお帰りのようですね。お出迎えに行かなくては…」
最初に腰を上げたのは潤だった。
続いて僕も腰を上げたが、母様は椅子に根を生やしたまま、微動だにせず、それどころか…
「ああ…、全くなんて騒々しい…。翔、貴方はあの男のように、品性の欠片もないような人間になってはいけませんよ?」
と、汚らわしいと言わんばかりに、レースに縁取られたハンケチで口元を覆った。
その時僕は思った…
潤の話は本当だったんだと…
例え父様が母様の言う通りの人だとしても、僕にとってはたった一人の父様なのに…
僕は胸が締め付けられるような思いで席を立つと、玄関ホールには向かわず、そのまま厨房の勝手口を通って、裏庭へと出た。