第6章 宿望…
僕はいてもたってもいられず、潤をその場に残して階段を駆け上がろうとした、その時だった、
「帰っていたのね…」
母様の氷のように冷たい声が、僕の足を止めた。
「久し振りに帰って来たというのに、挨拶も無しにどこへ?」
僕はそれ以上足を進めることが出来ず、ゆっくりと声のした方を振り返ると、一段、また一段と、階段を降りた。
「只今…帰りました」
何故だろう、声が震える。
「お帰りなさい」
母様の白く細い手が僕の頬に触れる。
まるで血の気のない、冷えた指先を、顔に笑みを浮かべながら…
そうだ、顔だ…
顔が違うんだ。
母様はこんな風に笑ったりはしない、もっと…そうだもっと冷酷な…
「貴方の部屋はそのままにしてあります。着替えを済ませて降りてらっしゃい。昼食にしましょう」
潤先生も、と付け加えて母様の手が僕の頬から離れて行く。
「あの母様、智子は…。体調を崩していると聞きましたが…」
僕が言うと、母様の鋭い視線が、一瞬潤に向けられた。
「母様…? 智子の容体は…」
「貴方が心配することは何もありません。智子は幼く見えても、身体はもう立派な大人です。…どういう意味か、分かるでしょ?」
「あっ…」
僕は一気に顔が熱くなるのを感じた。
そうだ、智子だっていつまでも子供ではないんだ。
兄たま…
僕をそう呼んだ智子は、もういないんだ。