第6章 宿望…
屋敷に戻った僕を出迎えたのは、奇しくも潤だった。
父様でもなく、母様でもなく、そして智子でもなく…。
「おかえりなさい、お義兄様」
潤は嫌味口調で言うと、僕の持っていたトランクを一つ、軽々と持ち上げた。
「どうして潤先生がここに?」
それに、僕はお前の義兄になったつもりなんて、これっぽっちも思っていない。
「嫌だなあ、何言ってるんですか? 俺はこれでも智子さんの婚約者ですよ? 婚約者の俺がこの屋敷にいたって、何も不思議なことはない筈ですけど?」
まだ正式に婚約も交わしていないのに…
なんて厚かましい…
喉元まで出かかった言葉を、僕は必死で飲み込み、引き攣る顔に笑みを作った。
幼い頃から、父様や母様の顔色を伺っては、幾つもの仮面を被ってきた僕だ。
今更これくらいのこと、なんでもないさ…
「ところで智子の姿が見えないけど…」
いつもなら、階段の縁に座って僕の帰りを待ってあちのに…
誰よりも真っ先に僕を出迎えてくれていたのに…
その智子の姿が、どこにも見当たらない。
「ああ、智子さんなら、ここ最近体調が良くないみたいでね…。今日も部屋で臥せっているよ」
潤が階段の上、智子の部屋のある方に視線を向けた。
智子が病気…?
ついこの間まで、あんなにも元気な笑顔を見せてくれていたのに…
どうして…?
僕は知らずしらずのうちに、潤の襟を掴んでいた。