第5章 妬心…
「兄さま…なのね? 兄さまの匂いがするもの…」
僕の胸に顔を埋めた智子が、まるで子犬のように鼻先を擦りつけては、僕の匂いを確かめるように鼻を鳴らす。
「ああ、僕だよ…? ほら、僕に顔を見せておくれ?」
背中に回した腕を解いて、胸の中の智子の頬に手を当てる。
ふっくらと柔らかな感触を確かめるように撫でてやると、智子が擽ったそうに肩を竦めた。
「ふふ、兄さまったら…。こんなに暗くては、お顔なんて見えないでしょ?」
鈴がなるように笑って、智子の手が僕の手に重なる。
「ああ、確かにそうだね、智子の言う通りだ」
でもね、智子?
僕には明かりなんて必要ないんだ。
この頬に触れた手から…指先から、智子が今どんな顔をしているのか、ちゃんと伝わってくるから…
「それより…。こんな夜更けにどうしたんだい?」
いつもならもうとっくに床に就いている時間なのに…
「…眠れなくて…。兄さまのお顔を見たら、眠れるんじゃないかって…。だから智子…」
智子の潤んだ瞳が、僕を見上げているのが、暗闇の中でも分かる。
ああ、智子…
そんな風に僕を見つめないでおくれ…
この手を離したくなくなってしまう…
「そうか…。で、もう眠れそうかい?」
「ううん…、無理みたい。でも…兄さまが傍にいてくれたら、智子眠れるかも…」
智子の腕の中にあった、お気に入りの人形が、パサリと音を立てて床に落ちた。