第5章 妬心…
潤に手を引かれ、智子が庭先に降りるのを、僕は瞬きすらせずに見つめていた。
「…翔? 聞いているの、翔?」
僕の名を呼ぶ母様の声すら耳に入らないほど、じっと…
「潤先生のお父様があなたにご質問のようですよ? 答えて差し上げなさい」
能面のような顔の、唇の端だけを僅かに上がる。
その血の色にも似た赤い唇に、僕の背筋が一瞬凍りつく。
何故だろう…
これ程までに恐ろしい母様の顔を、僕はこれまで見たことがない…
いや、違う…
あの時もそうだった。
智子の頬に、一生消えない醜い傷を付けたあの時も、今みたいに恐ろしい顔をしていた。
もしかして母様は、僕の智子に恋心を抱いていることに気付いているんじゃ…
まさか…
そんな筈はない…
「あ、はい。すいません、ついぼんやりしてしまって…。あの、質問て…」
僕はじぶんに言い聞かせるようにして、視線を潤の両親へと向けた。
「何でも、智子さんの兄君は、とても成績が優秀だと倅(せがれ)から聞いたんだが…。将来的にはお父君の跡を継いで貿易のお仕事を?」
潤の父親は、長く伸ばした顎鬚を指で弄りながら、その皺だらけの顔に、更に深い皺を刻んだ。
意外だった…
潤が僕のことをそんな風に話していたなんて…
思ってもいなかった。