第5章 妬心…
部屋に戻った僕は、それまで着ていた服を脱ぎ、学生服を着込み、洗面台で髪を少し湿らせた後、そこにポマードを薄く伸ばした。
本当はありのままの僕でいたいのに…
それでも父様には逆らえない無力な僕は、父様の教え通りの”櫻井家の名に恥じない息子”を演じなくてはならなくて…
そんな自分にほとほと嫌気が差してくる。
いっそのこと、このまま逃げ出してしまおうか…
智子を連れて…
今の僕にそんなこと出来っこないのを承知で、鏡の中の情けなく眉を下げた自分に問いかけた。
「坊ちゃま、ご準備はお済ですか?」
扉を叩く音がして、照が顔を出す。
「お客様はもう…?」
鏡越しに照と視線を交わし、学生服釦を上から順にかけて行く。
「いえ、まだですよ? でももうお見えになる頃だと…」
「そうか。僕もすぐに下へ行くよ。
…あ、ちょっと待って?」
僕の返事を待って、照が深々と頭を下げ部屋を出ようとするのを引き留める。
「何でございます?」
「いや、照は知っているのか…? その、智子の秘密を…」
照は古くから櫻井家に仕えているし、何より母様に代わって僕達兄妹の世話を長くして来た。
照なら智子の秘密が何なのか…もしかしたら知っているのかもしれないと…
そして僕の予感は、見事的中した。
「な、何を仰いますか…。私のような女中がそんな…」
途端に口籠った照の顔は、動揺の色を隠しきれず、咄嗟に踵を返すと、まるで逃げるように着物の裾をはためかせて廊下をかけて行った。