第5章 妬心…
「智子、聞いてしまったの…」
僕の胸の中で智子が一つ鼻を啜り、目尻に溜まった涙を指で拭った。
「何を…だい…?」
それまで智子の背中を摩っていた僕の手が、不意に止まった。
「智子…智子は…」
見下ろした智子は、せっかく拭った涙をまた溜めていて、僕は指の腹でそれを拭ってやった。
「智子…知りたくなかったのに…」
一体何が、智子をこれ程までに苦しめているのか…
拭っても拭ってもはらはらと零れ落ちる涙を、僕はどうすることも出来ずに、ただじっと見ていることしか出来なかった。
その時だった…
刺すような…まるで氷のように冷たい視線を背中に感じて、僕がゆっくり部屋の入り口に視線を向けると、そこには何の感情もない、能面のような顔をした母様が立っていて…
僕が智子の背中に回した腕を解いたと同時に、僕の方へと歩み寄って来て、
「もうお客様がお見えになりますよ? いつまでもそんな格好をしていないで、早くお着替えなさい」
それだけ言うと、智子の腕を引き、鏡台の前に座らせ、白粉(おしろい)を手に取ると、まだ涙の跡も乾かない智子の頬に叩き(はたき)付けた。
「あの、母様…」
言いかけた僕を、鏡の中の母様の冷たい視線が制する。
その瞬間、僕の背中を冷たい物が伝い、僕はその後に続く言葉を、思わず飲み込んでいた。
あの時の顔と同じだ…
智子の頬に、一生消えない傷痕を付けたあの時と…
僕は咄嗟に踵を返すと、そのまま智子の部屋を飛び出した。