第5章 妬心…
逆らえる筈がなかった。
父様が僕の意見に耳を傾けたことなど、今までだってただのいちどかもなかったじゃないか…
僕は悔しくて震える拳を隠すことなく書斎を出ると、真っ直ぐに智子の部屋へと向かった。
どうしようもなく智子の顔が見たかった。
顔を合わせる事すら、躊躇っていたのに…
「智子、僕だ。入ってもいいかい?」
扉を軽く叩く…けど、中からの返事はない。
「開けるよ?」
一言断ってから、扉を少しだけ開ける。
「智子…? いないのかい?」
僅かに空いた隙間から、中を覗き込むようにして、視線を巡らせた。
すると、風に揺れるカーテンの下で、長い巻髪を腰まで垂らし、藤色に小菊の柄をあしらった振袖姿で佇む智子が、ゆっくりと首だけでこちらを振り向いた。
窓から差し込む光の加減だろうか…智子の頬が濡れているように見える。
「兄さま、智子綺麗?」
真っ赤な紅を刺した唇が動く。
「あ、ああ…とても綺麗だよ…」
嘘だ…
綺麗なものか…!
僕の智子に、こんな娼婦のような化粧が似合うものか…
「ふふ、兄さまったら、相変わらず嘘が下手ね? いいのよ、智子だって分かってるの…。こんなお化粧似合わない、って…。このお着物だって…」
ああ、やっぱり僕の見間違いなどではなかった。
智子の頬は、とめどなく流れる涙に濡れ、無理に作った笑顔は、愛らしい智子の顔を引き攣らせていた。