第5章 妬心…
その日、屋敷の中はいつに無く賑やか…というよりは、慌ただしかった。
使用人達は朝から掃除に追われ、普段は特別な来客がなければに使われることのない、庭に面した広い座敷には、錦糸で櫻井の紋が縫い込まれた座布団が並べられた。
「ねぇ、今日は何があるの? お客様?」
僕は廊下を、大きな花瓶を運ぶ照を捕まえた。
「あら坊ちゃんご存知ないんですか? 今日は松本様がご両親をお連れになるんですよ?」
彼が…?
両親を…?
それって…まさか…
「ささ、坊ちゃんも早く準備なさらないと…」
呆然とする僕の背中を、花瓶を床の間に飾り終えた照が押す。
「で、でも準備って…僕は何をすれば…」
だって僕はそんな話、何も聞いてない…
それに僕は…
照に背中を押されたまま、僕は座敷を出ると、その足で父様の書斎に向かった。
「父様、一体どういうことなんですか? 松本の…松本先生のご両親が挨拶だなんて…。それに、僕は何も聞いていません」
書斎の扉を開けるなり、今にも掴みかかる勢いで捲し立てる。
でも、父様は動じた様子も見せること無く、葉巻を口に咥えると、僕を一瞥してから、紫煙を吐き出した。
そしてゆっくりと腰を上げると、羽織紐を結び直してから、袴の裾を手で叩(はた)き、
「何時までそんな恰好をしている。お前も早く支度をしなさい」
冷たく言い放つと、僕の肩を一つ叩き、葉巻を灰皿に揉み消した。