第1章 義妹…
「お帰りなさい。今夜は早かったのね?」
母様が一度は上げた腰を、再びソファーに沈める。
「ああ、今夜は雪だからね」
脱いだ外套(がいとう)を照に手渡し、母様に視線を向けることもなく、父様が一人がけのソファーに腰を下ろし、銀メッキのシガーケースから葉巻を一本取り出し、口に咥えた。
途端に辺りに立ち込める煙りに、母様の眉間に皺が寄った。
それはいつもと変わらない光景だった。
母様はこの匂いが嫌いなんだ
「あの、父様約束していた本は…?」
僕はその場の空気を変えようと、父様の座るソファーの肘掛に両手を着くと、思い出したように言った。
でも父様は…
「何をしている。入ってきなさい」
僕の問いかけには答えず、扉の向こうに向かって手招きをすると、咥えていた葉巻を灰皿に揉み消した。
「誰かいるの?」
僕が聞いても父様は何も答えてはくれず、僕は視線を応接間の入口に向けた。
「あの子は…?」
そこに立っていたのは、歳は十歳程だろうか…
頭の天辺で結わえた栗色の巻き髪を腰まで垂らし、ふっくらとした頬に、紅を刺した様な赤い唇…、そして、その風貌には不釣り合いな、絵羽柄の晴れ着を纏った女の子が立っていた。
全体を紺地で染め上げ、大きく牡丹の華をあしらったそれは、子供の僕から見ても仕立ての良い物だとすぐに分かる程豪華な物で…
「どこのお嬢さんですの?」
母様が言うまで、僕の視線はその子に釘付けになっていた。