第13章 特別編「偏愛…」
それでも僕は、智翔を失いたくなくて、智翔に向かって血に染った手を伸ばし続けた。
でも、そんな僕の願いも虚しく、智翔は手にしていたペーパーナイフを自身の胸に突き立てた。
智子が気に入りだった白いドレスは、みるみる赤く染まり、ついには赤黒く染まった。
嘘だ…、誰か嘘だと言ってくれ…
僕は悪い夢を見ているんだと…
これ以上僕から大切な人を奪わないでくれ!
僕は這うようにして、地面に崩れた智翔の元へとにじり寄った。
「智…翔…、駄目だ…、僕を一人にしないでおくれ…」
君が望むのなら、僕は智子への気持ちを捨てよう。
決して簡単なことではないが、その努力をしよう。
だから…智翔、僕を置いて逝かないでくれ…
僕は漸く掴んだ智翔の手を、出せる限りの力を振り絞り、握った。
「智翔…、智翔……」
何度も名前を呼びながら…
すると僕の声が届いたのか、智翔がゆっくり瞼を持ち上げ、視界の中に僕を捉えると、それは穏やかな…、でも悲しげな笑みを浮かべた。
「お父…さん、私…ね…、ずっとお父さんが好き…だった…の…。それで…ね、いつかお父さんのお嫁さんに…ね、なりたいって…思ってた…の…」
「分かった…、分かったから…、だからもう喋るな…」
僕は智翔の手を握ったまま、全身を襲う痛みに耐えながら、智翔の額に口付けると、色を失くして行く頬に口付け、そして唇に口付けた。