第13章 特別編「偏愛…」
仏間に入ったのは、あの日以来初めてかもしれない。
ずっと締め切ったままで、空気の入れ替えすらしていなかった部屋には、もう何日も経った筈なのに、未だに噎せかえるような血の匂いが充満していて…
明かりも灯さず、それでも月明かりに照らされ、“それ”と分かる畳の染みを見た瞬間、腹の底から込み上げて来る吐き気を感じた僕は、縁側に続く襖を開け放ち、転げるように庭先に降り、その場に激しく嘔吐した。
胸が…焼け付くように熱かった。
苦しくて、痛くて…、意図せず流れる涙を拭うことすら出来ないまま、僕は胸を掻き毟った。
こんなもんじゃない…
智翔は、この何十倍…いや、何百倍も苦しんだに違いない。
誰のせいでもない、智翔を傷付け、苦しめているのは、僕自身なのに…
そうだ…
智翔を抱いたのは、何も潤と情を交わしたから…、それに腹を立てた訳でも、潤との間に子を宿したからでもなんでもない。
僕は嫉妬したんだ…潤に。
僕が一生かかっても叶えられない願望を…
僕がどれだけ足掻いたとしても、決して乗り越えることの出来ない壁を…
潤は超えてしまったから…、だから僕は…
ああ…、僕はなんて愚かなんだ。
娘でいてくれる…、ただそれだけで良かったのに…
それだけで僕と智翔の間には、誰も邪魔をすることの出来ない強い絆があった筈なのに…
僕の邪な感情が、全てを壊したんだ。
僕が智翔を女として愛してしまったがために、智翔は…