第13章 特別編「偏愛…」
一瞬…、潤がグッと息を飲んだのが分かった。
見開いた瞳は激しく揺れ、余程強い力で握りしめているのか、膝の上で握った拳は、手の甲に血管が浮き出る程白くなっている。
分かってる…
潤はただ智子の願いを受け入れただけだと…
潤には何の罪もないんだと…
もし潤に罪があるとしたら、それは智翔を智子の身代わりにしたこと…
それだけだと、頭では分かってるんだ、潤を恨むのはお門違いだってことは…
本当に恨むべくは、智翔の想いを…、そして智子の願いを知ろうともせず、ただのうのうとこれまで過ごし続けた僕だというのに…
「済まない…、今日のところは帰ってくれ…」
そうでなければ、今の僕は自分の感情を抑え込めるだけの自信も、ましてや潤を許せるだけの余裕もない。
僕は両手で顔を覆うと、尚も昂り続ける感情をやり過ごそうと、何度も深い呼吸を繰り返した。
「分かった…。今日はこのまま帰る。だが、明日また来るから…」
ギッと床を軋ませ、潤がその場から立ち去るのが分かった。
そして扉の閉まる音が聞こえた瞬間…、その間だけは、僕は自分が呼吸することすら忘れていたことを、漸く思い出した。
そして一つ息を吐き出すと、ゆっくりと腰を上げ、覚束無い足で僕はその場を後にした。
どこをどう歩いたのか…
僕はその晩随分遅い時間になってから、自宅へと戻った。