第13章 特別編「偏愛…」
「潤先生ね、私を抱きながら、ずっとお母さんの名前を呼んで、涙を流してらしたわ…」
「潤が涙を…?」
潤が未だ智子への未練を断ち切れていないことは、僕自身気付いていた。
でも涙を流す程とは…、正直思っていなかった。
「私、幸せだったわ…」
「どうして…。お母さんの身代わりなんだぞ? なのに幸せだなんて…」
そんなの、余計に惨めになるだけじゃないか…
「身代わりでも良かった。例え私だけを見てくれなかったとしても、私の名前を呼んでくれなくても、私の身体を愛してくれただけで…、それだけで私は幸せだったの…」
開け放った窓から、強い日差しが差し込み、智翔の濡れた頬がきらりと光る。
僕は智翔の涙には気付かないふりをしてカーテンを閉めると、腰に下げていた手拭いを黙って智翔に差し出した。
受け取ってくれることはないと知りながら…
「私ね、幸せだったのよ? お母さんの身代わりだったとしても、潤先生に愛されて、私は幸せだった…」
泣いている訳ではなく、智翔の声が震える。
「智…翔…?」
「なのにお父さんが全部壊したの…」
えっ…?
「お父さんが私から全てを奪ったの…。潤先生も、赤ちゃんも…」
ゆっくりと振り返った智翔の目が、まるで矢でも射でたかのように、僕の胸に突き刺さった。