第13章 特別編「偏愛…」
僕の肩に置いていた手をすっと引っ込め、二宮がギシっと音を立てながら立ち上がる。
そして、舞い上がる砂埃を受け曇った窓硝子から、厚い雲に覆われ所在さえ分からない月を見上げた。
「智子さんな、知ってたんだよ…」
何を…
聞き返そうと思うけれど、喉の奥が貼り付いてしまったようになってしまって、上手く声が出せない。
「櫻井、お前が智翔にどんな感情を抱いてるか…、智子さんは気付いてたんだよ。その上で、俺に手紙を寄越したんだ、本当は起きていることさえ辛かっただろうに…」
「智子が…手紙を…?」
智子はそんなこと僕には一言も…
「言えるわけないだろ…、自分が愛した兄が、夫が、決して持つべきではない感情を抱いてるなんて…、あの人が言える筈ないだろうが…」
どうしたって受け入れることの出来ない感情を向けられる苦悩を、智子は幼い頃からの経験上、一番良く知っている。
そしてその苦悩する姿を間近で見てきた僕も、また同じように…
「手紙には…、智子は何て…?」
「止めてくれって…。自分が生きているうちは良い。でも、自分がいなくなったら…、自分が死んだら、お前はきっと寂しさに耐えきれなくだろう。そしてその寂しさが究極に達した時、長いこと封じ込めていた邪な感情が爆発するだろう、って…。それが怖い、って…」
智子から受けた手紙の内容を、一字一句空に思い出しながら語る二宮の声を聞きながら、僕は手の震えが止まらなくなるのを感じていた。