第13章 特別編「偏愛…」
どす黒く渦巻いた感情は、僕の内から解放されると同時に制御を無くし、僕を理性の欠片もない獣へと変えた。
あれ程までに憎み、自らの手を汚してでも葬りさりたいと願った父様のように…
あの日の智子のように、声を枯らすまで叫び、泣き続ける智翔を前にしても、一旦堰を切った感情はとめどなく溢れ続けた。
失くした筈の腕が、まるでそこに心臓があるかのように痛むまでは…
「智…翔…、済まない…」
白い肌を月明かりに晒し、力なく四肢を投げ出す智翔に手を伸ばす。
…が、投げ出された両足の間に、月明かりの下でもはっきりとそれと分かる赤い溜まりを見た瞬間、全身の血のがさっと音を立てて引いたのが分かった。
「智…、智翔…っ!」
僕は弛緩した智翔を抱きかかえ、その肩を乱暴に譲った。
「ああ、どうしたら…、僕はどうしたら…」
迷っている暇がないことは、時を追うごとに腕の中で重くなって行く智翔の様子からも見てとれた。
ただ、僕にはどうすることも出来なくて…
「誰か…」
助けを呼ぼうにも、隣家は田んぼを挟んだ向こうにしかない。
「ああ、僕はなんてことを…」
智翔のふくよかな胸に顔を埋めた、その時だった。
「櫻井、いるか?」
昼間ろくに話も出来ないまま追い返した、二宮の声がした。