第13章 特別編「偏愛…」
生まれ育った家を、まるで他人の家に出も来たかのように目線を泳がせる智翔に、
「お母さんはこっちだよ」
腕を回した肩を引き寄せ、促してやる。
「ここに、…お母さんが…?」
閉ざされた襖を前に、智翔の目が再び潤み始める。
「そうだよ? ほら、お母さんが智翔の帰りをうんと首を長くして待っているよ?」
肩に回した腕を解き、今度は指ではなく手拭いで涙を拭ってやる。
「そうね、早くお母さんに智翔の顔を見せて上げなくちゃね?」
智翔は泣き顔に無理矢理笑顔を作ると、静かに目の前の襖を引いた。
瞬間、線香の匂いを嫌った智子のためにと、代わりに供えた智子が好きだった百合の甘く、濃厚な…それでいて強い芳香が一気に溢れ出し、僕は一瞬眩暈のような感覚を覚えた。
僕は百合の香りがあまり好きではなかった。
非業の死を遂げた母様のことを思い出し、胸が締め付けられるように苦しくなるから…
でも智子は違った。
智子は百合の花がそれはそれは好きで、春先から夏にかけて庭に咲く百合を摘んでは、家のあちらこちらに飾っていた。
そうすることで、智子は亡くなった母様の腕の中にいるようん、そんな感慨に浸っていたのかもしれない。