第13章 特別編「偏愛…」
「中へ入ろう。お母さんが待ってる」
僕が言うと、智子に似てふっくらとした智翔の頬を、綺麗な曲線を描くようにして一筋の涙が零れ落ちた。
ああ…、泣かないでおくれ…
僕は涙で濡れた智翔の頬を指で拭うと、細い肩をそっと抱き寄せた。
「さあ、お母さんにも顔を見せて上げないとね…」
「そうね…、お母さん喜んでくれるかしら…」
「ああ、きっとね…」
智子は息を引き取るその間際まで、智翔のことばかりを案じていた。
息をするのさえままならないと言う状況においても、智翔の名前を呼んでは、今にも消え入りそうな声で僕に繰り返し言うんだ。
”智子がいなくなっても、智翔のことを見捨てないでね”と…
僕が智子との間に出来た愛しい娘を見捨てることなんて、決してありはしないのに…
だからその度に僕は、
”勿論だとも。智翔のことは、僕が命をかけて守り抜くから、心配はいらないよ”
と、意識を朦朧とさせる智子の耳元で繰り返し囁き続けた。
その言葉に、嘘や偽りなどは一切なかったし、智子がこの世を去った今でも、その気持ちに変わりはない。
そしてこの先もずっと…
僕は智翔の肩を抱いたまま家の中へと入ると、少し離れた場所から僕達を見守っていた潤と二宮に頭を下げた。
本当はゆっくり言葉を交わしたかったが、今は一刻も早く智子に智翔を会わせてやりたかった。