第13章 特別編「偏愛…」
それはまるで御伽噺から抜け出したかのような…
そう…、夢でも見ているのかと思った。
「お父さん」
襟の詰まった漆黒のドレスの裾を翻し、同色のクロッシェを手に、こちらに向かって駆けて来る愛しい娘の姿を見た瞬間、僕は全身の血液が沸々と音を立てながら沸き立つのを感じた。
「智翔…なのかい?」
「ええ、そうよ…智翔よ…? お父さんの娘の智翔よ?」
僕の肩に両腕を巻き付けるようにして抱き付き、僕を見上げる智翔の顔は、智子を思わせるあどけない面差しはそのままに、どこか大人の女性が見せるような色香を感じさせて…
僕は智翔の腰に回しかけた手を、静かに引っ込めた。
娘なのに…
最愛の人を亡くしたばかりだというのに…
数ヵ月ぶりに見る娘の美しさに、目を…いや、目だけじゃない、心まで奪われるなんて…
僕は一体何を考えているんだ。
いけない…
こんなことじゃいけない…
僕は欠いた冷静さを取り戻そうと、肩に回った智翔の腕をやんわり解くと、ぴたりと密着した身体を引き剥がした。
「さあ、良く顔を見せておくれ?」
僕が言うと、智翔は僕を見上げる目に今にも零れ落ちそうな涙を溜め、赤く染めた唇をきゅっと噛んだ。
その顔を見た瞬間、智翔は全てを知っているんだと悟った。
智翔の泣く顔を見たくないがために、二宮に全てを託したのは、他でもない僕自身だというのに…