第11章 信愛…
「よし、智子さん今だ」
「んんんっ……!」
潤の合図と共に、智子が全身の力を振り絞る。
智子が握った僕の手が握り潰されそうになりながらも、固唾を飲んでその瞬間を見守った。
「いいぞ、その調子だ」
「もう少しよ、智子ちゃん」
次々かかる声にももう答えることすら出来ない智子の耳には、もうその声すら届いていないだろう。
「智子、もう直ぐだよ…。あと一息だから…」
それでも僕は智子に語りかけずにはいられなかった。
ただこうして手を握ってやることと、見守ることしか、僕には出来ないのだから…
そしてとうとう…、
「んんっ…、んんんんんっ……!」
智子が悲鳴ともう呻きとも区別のつかない声を上げ、小さな身体を大きく震わせた。
「よし、産まれるぞ! 産湯の準備を…」
潤の両親が湯を満たした盥を、布団のすぐ横まで引き寄せた。
僕はその時になって初めて、自分が酷く緊張していることに気付いた。
覚悟が全く無いわけじゃない。
でもその覚悟が、実際赤ん坊を目の前にした時、僕にどんな変化をもたらすのかを考えると、勿論喜びの方が大きいのだけれど、それ以上に不安の方が大きかった。
目の前で忙しなく動き始めた三人を、緊張した面持で見ていたその時だった。
「ふぎゃ…」
と小さな小さな、とても小さな泣き声が僕の耳に飛び込んできた。
そして次の瞬間、僕は涙が自然に頬を伝っていることに気が付いた。
ああ、そうか…
産まれたんだ…
僕は全身から力が抜けていくのを感じて、その場にへたり込んだ。