第11章 信愛…
母屋の台所に入り、勝手の分からない釜戸に悪戦苦闘しながらも、鍋に大量の湯を沸かした。
そして湧いた湯を桶に移しては、離れに運んだ。
冷めては湯を足し、それを何度も何度も繰り返した。
片腕しかない僕にとっては、この上なく重労働ではあったけど、智子の苦しみに比べたら何でもないとさえ思えるんだから不思議だ。
そんなことを繰り返し、やがて空が白み始めた頃、潤が額の汗を腕で拭った。
「よし、赤ん坊の頭が出てきたぞ。あと一息だ」
産まれる…?
僕は智子の傍まで駆け寄ると、頬を真っ赤に染め、苦痛に歪めた智子の顔をのぞき込んだ。
「智子、もう少しだよ…もう少しで会えるからね?」
「に…さま…、おね…がぃ…、智子の手を…」
智子の小さな手がゆらゆらと宙を彷徨いながら僕の手を求めて伸ばされる。
僕はその手を掴むと、しっかりと握りしめた。
「智子から…離れちゃいや…よ…?」
肩で息を繰り返しながら、智子がそれでも屈託のない笑を浮かべる。
「ああ、勿論だとも。離すもんか」
「智子さん、俺が合図したら思い切りいきんでご覧?」
「出来るかしら…、智子…、上手に出来るかしら…」
急に不安を訴える智子の額に唇を落とし、柔らかな頬にも口付けをする。
「大丈夫、智子ならきっと出来るよ。だから安心おし?」
僕が愛した智子ならきっと…
僕は握った智子の手に額を擦り付け、智子が無事に赤ん坊を産み落とすことだけをひたすら祈った。