第11章 信愛…
僕は転げるように庭を駆けると、母屋の戸を叩いた。
「誰かっ! 先生、お願いします、智子がっ…!」
すっかり寝静まっているのか、反応はない。
それでも僕は戸を叩き続けた。
するとガラス戸の向こう側に、小さな灯りのような物が透けて見え、その灯りが徐々に大きくなる。
そして玄関の明かりが灯されると、
「翔…君かい? こんな夜更けにどしたんだい…」
聞こえてきたのは潤の声だった。
「智子が…、智子が…っ…! 早くっ…!」
ガラリと戸が開き、明らかに寝起き顔の潤が顔を出す。
「先生、智子が…」
「落ち着きたまえ。智子さんがどうしたって?」
いかにも落ち着き払ったような口調に、苛立ちが込み上げる。
「だからっ…! 智子が陣痛で…」
「分かった。支度をして直ぐに向かうから、君は先に離れに戻ってなさい」
「で、でも、僕…とうしたらいいのか…」
苦しむ智子に、僕がしてやれることなんて、あるのだろうか…
「君がそんなことでどうする。いいか、しっかりするんだ。智子さんが最も頼りにしているのは、誰でもない、君なんだよ?」
「僕…を…?」
智子の小さな身体を強く抱き締める腕さえ持たない僕を…?
「そうだ。さあ、分かったら早く行きなさい。そして智子さんの手を握ってやるんだ」
「はい…!」
そうだ、抱き締めることが出来ないのなら、せめて手を握ってやればいい。
それだけで智子はきっと…
僕は寝巻きの裾が捲れ上がるのも構わず、離へと駆け戻った。