第11章 信愛…
智子が臨月を迎える頃、潤が僕達を迎えにやって来た。
余程二宮の母親と離れるのが嫌だったのか、智子は最後まで潤の田舎に行くこと拒んだが、それが僕達が下宿で暮らす条件でもあったのだからと、駄々を捏ねる智子を説き伏せた。
必ずまた会えるから、と約束をして…
僕達は少しの荷物と、母様が生前僕に残してくれた僅かな金を手に、潤と共に汽車に乗った。
「おばさま、約束よ? きっと会いに来てね? 智子、ずっと待ってるから…」
智子は汽車が動き出す間際まで、二宮の母親との別れを惜しんだ。
そしてとうとう姿が見えなくなると、ぽろりと落ちた涙を指の先で拭った。
「あのね、兄さま…。智子が泣くとね、お腹の中で赤ちゃんも一緒に泣いているんですって…。だから智子泣いちゃ駄目なのに…。ずっと笑っていなきゃいけないのに…」
「智子…」
「智子、お母さんになるのに…」
そう言ってしゃくり上げる智子の小さな肩を、僕は黙って抱き寄せた。
泣き疲れて僕の膝で眠るまで、ずっと小刻みに震える背中を摩り続けた。
そんなことでしか、智子の不安を取り除いてやることは僕には出来なかった。
「男ってのは、どうにも情けない生き物だとは思わないかい?」
智子が漸く眠りに就いた時、潤がぽつり言った。
「そうですね。僕は智子に何もしてやれない。こんなにも不安でいっぱいなのに…」
僕は智子の額にかかった前髪をそっと指で掬うと、閉じた瞼の端に残った水滴を拭い取った。