第10章 傀儡…
恐ろしい程の力と、鬼の形相が僕の首筋に息がかかるくらいの距離で迫って来る。
僕は奥歯をギリッと噛んでナイフの切っ先を遠ざけようと、父様の手を全ての力を込めて握った。
「やめて…、父さま…やめて…」
智子の啜り泣く声に、僕の額から汗が流れ落ちる。
「潤…先生…、智子を…! 智…子、逃げるんだ…、早く…っ!」
「分かった…。智子さん…こっちへ…」
潤が智子の肩を抱く。
これでいいんだ…
智子さえ無事なら、それで…
「ほお…そうまでして智子が大事か、ん? あの男とも女とも区別のつかないような、人形が…」
「智子は…っ…、人形なんかじゃ…ないっ!」
智子は誰よりも無垢で、美しい心を持った、僕の大切な“人”だ。
たとえ女でなくとも…
僕と同じ性を持つ男だとしても、僕は…っ…!
「大した兄妹愛だな…。だが、それももう終わりだ」
僕を見下ろす父様の目の奥がキラリと光る。
それは明らかな、僕に対する殺意で…
僕は一瞬身を震わせると、熱くなった瞼をそっと閉じた。
殺したければ殺せばいい。
でも僕を殺したって、智子は二度と父様の元には戻っては来ない。
それだけは、僕が命懸けで阻止してみせる。
僕はナイフを握った父様の手を両手で包み込み、切っ先を僕の心臓の真上に引き寄せた。
「兄さま、だめぇっ…!」
「行け! 僕のことは構わず行くんだ、智子! そして潤先生と幸せになるんだ…」
閉じた瞼の端から、熱い雫が次々流れては、床を濡らした。