第2章 初恋…
僕は救急箱を抱えて階段を駆け上がった。
僅かな時間も智子をあの男と二人きりにしておきたくなかったから…
でもそんな僕の思いとは裏腹に、僅かに開いた智子の部屋の扉の隙間から漏れ聞こえる、楽しげな二人の笑い声。
あの男の前で、智子がどんな風に笑っているのか…
僕はざわつく胸を抑えて扉の隙間から、そっと部屋の中を覗き見た。
「潤先生は、恋人はいらっしゃらないの?」
「今はいないよ?」
「ふふふ、じゃあ智子が潤先生の恋人になって上げましょうか?」
智子が潤の…?
そんなの駄目だ…
例え冗談だとしても、それだけは許せない。
智子は僕の…
知らず知らずのうちに、救急箱に立てた爪は、ギリギリと音を立てていた。
「こら、大人を揶揄うとは…君は悪い子だ…」
潤の手が、智子の綿毛のような巻毛をスルリと撫で、そして額をコツンと合わせた。
二人の顔は、吐息がかかる距離にあって…
「そうよ? 智子悪い子なのよ?」
智子が小首を傾げて微笑む度、互いの鼻先が触れ合って…まるで接吻をしているように見えて…
僕は堪らず乱暴に扉を開くと、救急箱を手に、ズカズカと部屋に足を踏み入れた。
「お待たせしました。早く智子の手当を…」
ベット脇に置かれた小さな丸テーブルに救急箱を乗せ、僕はその蓋を開けた。
その時、一瞬…だけど、潤が僕を見てニヤリと唇の端を上げた
…ような気がした。