第10章 傀儡…
潤からの話はこうだった。
潤が父様の気を引き付けている間に、書斎の隣の部屋に忍び込んだ僕が、露台伝いに窓から書斎に入り込み、智子を連れて逃げろ、と…
それしか術はないんだ、と…
僕は一応頷きはしたが、本音を言えば不安で仕方なかった。
身重の智子を連れて逃げるなんて、僕はまだしも、智子のことが気がかりだった。
それに智子に対してあれ程強い執着を持っている父様のこと、もし怒り狂うことにでもなったら…
それこそ潤に危険が及ぶかもしれない。
駄目だ、それだけは避けなければ…
「やっぱり無理です。そんなの上手く行きっこない。僕が父様と話をするから、先生が智子を…」
応接間の取っ手に手をかけた潤の腕を掴んで引き留めた。
「何を言っているんだ。智子さんが待っているのは、俺ではなく、翔君…君じゃないか。君が智子さんを救わなくてどうする?」
「それは…そうだけど、でも…」
「それに俺は二人には幸せになって欲しいんだよ。大丈夫、俺に任せろ」
僕よりも少しだけ大きな手が僕の肩を掴み、僅かに緊張の色を浮かべた顔で僕に向かって笑う。
ああ、なんて強い人なんだ。
僕にも潤程の強さがあれば、何の躊躇いもなく智子を父様の手から奪い去れるのに…
僕は自分の弱さを改めて感じながらも、潤の力強い言葉に応えるように大きく頷いた。