第9章 惑乱…
どうしてこの人はここまで…
智子を愛する気持ちは同じとはいっても、きっと僕と同じくらいに…いや、それ以上に胸を痛めているだろうに…
なのにどうして僕のために…
いや、考えるのはよそう。
今は智子をどうしたらこの手に取り戻せるか…それだけを考えよう。
「あの…、父様は僕のことを何も?」
考えてみれば、ここに来てからもう数カ月も経つのに、父様の追手がここを訪ねて来ないのは不自然だ。
「それなら、義母上の采配だろうな…。大方外国に漫遊旅行だとでも言っているんだろう…」
そうか、それなら納得が行く。
それに母様が言うことなら、あの父様だって疑ったりはしないだろうし…
でももし、父様が母様の嘘を信じているとしたら…
「では、父様は僕がここに…日本にいるとは思っていないのですね?」
「ああ、おそらくは…」
ならば…
僕の頭に一つの考えが浮かんだ。
「先生、僕にお力添えをお願い出来ますか? それと、出来れば母様にも…」
僕が漫遊旅行に出ていると信じ込んでいるのなら、きっと父様は僕を婚礼の儀式に呼ぶことはない筈だ。
上手くすれば、誰にも僕だと気付かれずに忍び込むことが出来るかもしれない。
「勿論だとも。智子さんに幸せになって貰たいからね…。それから…君にも…」
僕はごくりと息を飲むと、自分に言い聞かせるように大きく頷いた。