第9章 惑乱…
俯いてしまった僕の胸倉を、不意に伸びて来た潤の手が掴んだ。
殴られる!
僕は一瞬身を固くして構えた。
でも翌々考えてみれば、僕にも責任の一端はある。
いや、一端どころか、こうなったは僕のせいだ。
僕は殴られたって当然のことをしでかしたんだ…
「殴ってくれ…。気の済むまで僕を…」
それで潤の気が収まるとは思えない。
でも今の僕が、智子の婚約者である潤に対して出来るのは、これくらいしかない。
僕は瞼を固く閉じた。
でも潤はゆっくりと手を解くと、僕の額を拳骨で軽く叩き、小さく笑った。
「本当はね、殴ってやりたいよ。でも俺にも自尊心ってのがあってね…。これ以上惨めにはなりたくないんだよ」
「先…生…」
「そんなことよりも、今はこの先のことを考えなくては…」
胸の前で腕を組み、潤が唸り、何度も首を捻る。
僕は何の答えも見い出せないままに、その光景を眺めていた。
きっと深く傷付いているだろうに…
申し訳なさが込み上げてくる。
「あの…どうして僕のために? 智子を愛していたんでしょ? だったら…」
事実を伏せて、このまま智子と結婚することだって出来た筈なのに…
どうして…
「ああ、愛しているよ? だからこそ、彼女を守ってやりたくてね…。彼女と…」
そこまで言って、潤が途端に言い淀む。
そして大きく息を吸い込み、それを一気に吐き出した。
「彼女と…、彼女のお腹の子をね…」
そう言った潤の目には、何か強い覚悟のような物が見て取れた。