第9章 惑乱…
「久しぶりだが、変わりはないかい?」
「ええ、まあ…」
軽い挨拶を交わして部屋に入って来た潤は、僕の差し出した座布団に腰を下ろすと、ふっと息を吐き出した。
「そう言えば…、婚礼の日取り決まったそうですね? おめでとうございます」
心にも無い言葉を口から吐きながら、僕は姿勢を正し、潤に向かって深く頭を下げた。
そうすることで自分自身の気持ちに折り合いを付けようとしていた…のかもしれない。
「知っていたのか…」
「ええ、先日照が来て、その時に…」
「そうか…」
そう言ったきり、潤は押し黙ったように口を閉ざしてしまった。
どうしたんたろう…
良く見ると、潤の頬はこけ、元々彫りの深い顔立ちを一層際立たせていて…
その顔からは、幸福感の欠片も感じられなかった。
婚礼の日取りが決まったと言うのに、何故そんな暗い顔を…?
「何か…あったんですか?」
僕は理由を知りたくて、伏し目がちな潤の目を覗き込んだ。
「実はね…」
「もしかして僕と智子のことが父様に…?」
「いや…」
潤の言葉を遮るように言った僕に、潤は小さく首を横に振ると、ゆっくりと腰を上げ、窓辺に立った。
罅(ひび)の入った硝子窓が開け放たれる。
「実は智子さんに…」
途端に吹き込んで来た冷たい風と同時に放たれた潤の言葉に、部屋の温度はおろか、僕の体温までもが一気に奪われて行くような、そんな気がした。