第8章 慕情…
いつしか窓の外は茜色に染まり始めた頃、
「そろそろ行かないと…。義母上が心配なさるな…」
潤が胸の前で組んだ腕を解き、壁の時計に一瞬視線を向けると、座布団から立ち上がった。
「それに智子さんのことも心配だし…」
「智子が…どうかしたんですか?」
まさか父様がまた…?
「いや、大したことではないんだが、ここ数日体調が宜しくないようでね…。食事もあまり進まないようだし、床に伏せていることも多くて…。医者の端くれとしては、気になるところなんだよ」
僕のせい…だろうか…
母様の言い付けとは言え、僕が智子を一人残して来てしまったから智子は…
でもあの時の僕は、母様に言われるままに家を出ることしか出来なかった。
今更後悔しても遅いのだけれど…
「また来るよ。それから…」
玄関扉の取っ手に手を掛けた潤が振り向き、空いた手を僕の肩に置いた。
「な、なんですか…?」
一瞬不敵な笑みを浮かべた潤に戸惑ってしまう。
「これだけは言っておくが…、俺は智子さんを諦めたわけじゃない」
「で、でも智子は…、貴方が想像している通りの…」
「もし仮にそうだとしても、だ。…例え叶わなくてもね…」
僕の肩に置いた手に力が篭められた。
その時僕は思ったんだ…
潤も僕と同じ…
心から智子を愛しているんだ、と…