第8章 慕情…
暫くの間そうしていると、木の軋む音が何処からともなく近付いてきて、僕の部屋の前でぴたりと止まった。
僕は布団の中で縮めた身体を、更に小さく丸めて息を潜めた。
もしかしたら、怒りに満ちた父様が…
そう思ったら、自然と身体が震えた。
でも…
「誰かいるのか?」
聞こえて来たのは、聞き覚えのある声で…
僕は布団を跳ね除けると、扉を開けたせいで差し込んだ光を背にして立つ人影に目を凝らした。
「二…宮君…?」
「その声は…櫻井…か…?」
恐る恐るといかけると、やはり聞き覚えのある声が返ってきた。
「一体どうしたって言うんだ、明かりもつけないで…」
「一人…か?」
「そう…だが…?」
「そうか…」
訝しむような声に、漸く安心した僕はほっと息を吐き出し、それまで身体が強ばる程入っていた全身の力を抜いた。
「何かあったのか?」
部屋の明かりを灯し、二宮が畳の上に胡座をかいて座った。
「実は…家を出て来たんだ」
「何でまた…?」
大して驚いた様子もなく、二宮は鞄の中から文庫本を取り出すと、いつもと変わらない風で本の頁を捲り始めた。
「僕は…、妹…智子と情を交わしてしまったんだ」
余程僕の口調が思い詰めていたのか、二宮はぱたりと文庫本を閉じた。