第2章 初恋…
「キャッ」と言う小さな悲鳴が聞こえて、ゆっくりと後ろを振り返ると、右頬を手で抑え、智子が倒れるように蹲っていた。
指の隙間からは、赤い液体が流れている。
母様の長く伸ばした爪が、智子の右頬を掠めたんだ。
「智子! ああ、大丈夫かい?」
僕はポケットからハンカチを取り出すと、それを智子の頬に宛がった。
白かったハンカチは、瞬く間に赤く染まり、智子の白い頬は更にその色を失くして行った。
「酷いよ、母様…。智子は何も悪くないのに、こんなこと…」
僕は怒りにも似た感情で母様を睨めつけると、小さく震える智子を抱き上げた。
「兄さま…、智子は大丈夫だから…。智子が悪いの…。だから…」
下ろしてくれとばかりに僕の胸を、智子は細い腕で押す。
でも僕は、智子を抱く腕に一層力を篭めると、そのまま智子の部屋へと向かって歩を進めた。
僕の背中に、母様の射るような…冷たい視線を感じた。
やっぱり母様は智子のことを憎んでる…
母様が智子を実の娘のように思っていると感じたのは、僕の思い違いだったんだ…
僕は母様を振り返ることなく、智子の部屋のノブを捻ると、普段は入ることすら禁じられている智子の部屋へと、足を一歩踏み入れた。
初めて目にする智子の部屋…
そこには智子の甘い香りが満ちている。
全体を薄水色の家具に囲まれたその一角…同じように薄水色のカーテンが風に揺れる窓辺に置かれたベットに、僕より一回り小さな智子の身体を横たえた。