第22章 路地裏アンアン IN へし切長谷部
彼が桜を連れてきたのは、人目につかない路地。
そこをさらに進んだところだった。
軒下に身を寄せると、長谷部は手ぬぐいを桜に差し出す。
だが、桜は呆然としたまま受け取ろうともせず、俯くばかり。
「…………このままでは、風邪を引いてしまいます」
長谷部はため息をつくと、黙ったまま、手ぬぐいで桜の顔や髪を拭う。
「何も、聞かないんだね」
「誰だって、話したくないことはありますから」
長谷部はそう言うと、上着を脱いで桜に着せる。
彼にも、話したくないことがあるのだろうか。
桜はふとそう思ったが、それ以上何も言うことはなかった。
雨の落ちる音を、二人はただ聞いていた。
だが、やがて桜が口を開く。
「ねえ、長谷部……」
「はい」
長谷部の方を向くことなく、桜は前をぼんやり見たまま、呟く。
「私のこと、めちゃくちゃにしてくれる……?」
「……主、何故そんなっ」
「……ダメ、かな?」
首を傾げ、懇願するような目で長谷部を見る桜。
その目が助けを求めているように見えて、長谷部は彼女の言う通りにしてあげたいと思うほどだった。
だが、長谷部はグッと拳を握りしめて思い留まる。
「主、たとえ貴女の命であっても……私には、貴女をめちゃくちゃにすることは出来ません……」
「そう、だよね……ごめん」
「ですが、私は貴女を……男として、大切にして差し上げることは出来ます」
そう、長谷部は桜をめちゃくちゃにしたいのではない。
心から大切にし、頭から足の爪先まで愛してあげたいのだ。
「……っ!」
桜は息を詰めて長谷部を見ると、彼は顔を真っ赤にしながら、桜を真剣な目で見ていた。
このような表情の彼を、桜はこれまで見たことはあっただろうか。
「あ、えっと……」
「主、貴女を……お慕いしております。心から……」
桜の手を取ると、長谷部は彼女の手の甲へ唇を落とす。
チュッと音を立て、彼の暖かい唇が触れると、桜はそこから全身に電流が走ったかのような甘い痺れを感じた。