第8章 彼の見えざる手
「有難う御座いましたーまたお越し下さいー」
僕は商品であった本を渡しながらお決まりの挨拶を述べて客を見送った。
此処はスーパーマーケットの中にある小さな本屋だ。
客もそんなに多くなく、実家からも学校からも近い。
バイトにはもってこいの場所だ。
けれど、暇すぎる時があるのが玉に瑕。
「することが無いと時間が経たない……」
レジから抜け出て本棚の整理でもしよう。
はぁ。暇だ。
こんな時に『あの子』がまた来てくれたら――……
「済みません」
「うわぁ!?」
大声出して、ビビってしまった!
声を掛けてきた、
「済みません。驚かせてしまった様で」
「いっ…いえっ!此方こそ済みません!な…何かっ!」
正に今、想像していた『あの子』の出現に。
声が裏返りながらも接客を始める。恥ずかしい。
茶色がかった黒髪を緩く2つに分けて結んでいる、同い齢くらいの女の子。
―――……一目惚れしてしまった子だ。
「注文していた本の受け取りに参りました」
「あ…少々お待ち下さいっ!」
「此方でお間違いないでしょうか!?」
「はい」
笑った!可愛い!
じゃなくてっ!
何か会話をして僕の印象を…!
「あっ…あの。難しそうな本ですねっ…」
「そうですね。何かの専門書らしいので私も詳しくは分かりませんが」
「え……貴女のじゃなかったんですか?」
彼女が少し目を開いた。
しまった!聞いたら拙かったか!?
「私は只の御使いですよ。でなければこんな難しそうな本、似合わないでしょう?」
「!」
クスクスと笑いながら返してくれた!
ヤバい。本当に可愛い………
「薄雪」
「!」
彼女が振り向く。
薄雪って云うのか―………じゃなくてっ!
誰だ!?この男!
真逆、彼氏か!?
「治兄様。如何したんです?こんな処で」
兄様?今、兄様って云った!?
「薄雪が見えたから」
「そうでしたか」
似てるような、似てないような……
ん?
「会計は終わったかい?」
「あ、はい」
今、一瞬だけど……兄さんに睨まれたような?
気のせいか?
ニコニコ笑ってるし……。
「帰るよ」
「はい。それでは失礼します」
「あっ有難う御座いました…」
………行ってしまった。