第1章 最悪な1日
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薄雪の歩く道を塞ぐように、立ちはだかる人影が1つ――。
「一緒に帰ろう?薄雪ちゃん」
「気持ち悪いです。止めてください」
太宰だった。
「一寸傷付いたよ、私。一緒に帰ろうって誘っただけじゃん」
「其方ではありません。ちゃん付けの方です」
「ああ、そう」
落ち込んだくせに、直ぐに何ともない顔で薄雪を見る太宰。
「君の造り笑顔には負けるよ。気色悪いね」
「だったら見なければ良いでしょう?」
「そうは云ってもねぇ」
そう云うと薄雪の手を取る太宰。
「……離して下さい」
「逃げるでしょ」
「当たり前です。そして明日から職場も変えます」
抵抗はしないものの口では食い下がる薄雪に「へえー」と感心し、
「逃げられると思ってるの?私から」
「……。」
冷たい笑みを寄越す。
「………思いませんけど」
「本当に莫迦なんだか素直なだけなんだか判りかねるねぇ…薄雪は」
ふふっと笑って頭を撫でる。
そして、取っていた手を繋いで歩き始めた。
薄雪には本当に抵抗する意志は無いようだ。
「貴方は、行方不明だと聞いていました」
「マフィア辞めたからね」
「!」
ピタッと止まる。
「治『兄様』も……?」
「そ。」
「……連れ戻しに来たんじゃ無かったんですか?」
「そんなことする為に態々こんなところに入社しに来るわけ無いでしょ。あ、それを警戒して先刻の抵抗?」
コクッと頷く薄雪に呆れた眼を送る。
「矢張り莫迦の方か」
「教育係が為って無かったのでしょうね、貴方ですが」
「もう先刻みたいに『治兄様』とは呼ばないんだ」
「………もう組織の人間ではありませんので」
「ふーん…私は明日からでも薄雪と呼ぶよ」
「好きにして下さい」
「他のこともついうっかり云ってしまうかもしれない」
「……何が望みなんですか?」
薄雪はムッとした顔で太宰を見上げる。
見上げた先には満面な笑みを称えている太宰――。
「―――2人きりの時だけですからね治兄様」
「うふふ。可愛いねぇ薄雪は」
まあ、今はそれで構わないよ。
と、小さく呟いた声は薄雪には届いていなかった―――。