第4章 争いの幕開け
『明日から毎日食べに来るから』
昨日の帰り際、そう云い残して帰った筈なのに―――
「………来ない」
チラリと時計を見る薄雪。
「聞き間違い……なんて。そんなわけ無いですよね」
午後10時を過ぎても来ない太宰を待ち続けていたのだ。
冷めきってしまった夕食。
薄雪は息を1回、深く吐くと
「いただきます」
呟くように挨拶して、食事を始めた。
「真逆、治兄様の連絡先を知らなかったなんて」
知っていたところで連絡を取ったかと問われれば…絶対に否と答えるくせに。
心の中で自分にツッコミを入れ乍ら、食事の手を進めていると
ピンポーン
「!」
突然、訪問客を報せる鐘が鳴った。
「こんな深夜帯に誰かしら」
此処で「太宰」かもしれない、
などと微塵に思わなかったのは太宰と云う人間の事をある程度、理解しているからであろう。
ドアスコープで確認して、扉を開けた。
「敦さん」
「遅くに済みません」
ペコッと頭を下げて丁寧に挨拶するのは同僚の中島敦だった。
「いえ、お気になさらずに。それで如何かされました?」
「あの…太宰さん見掛けませんでしたか?」
「太宰さん……いえ、今日は見ていません」
敦の問いにドキッと心臓が跳ねたが、悟られはしなかっただろう。
薄雪は平然を装い、普段通りに淡々と返した。
「そうですか……何処行っちゃったんだろう」
「事情は分かりませんが、そう心配されなくても太宰さんなら大丈夫だと思いますよ」
薄雪が思うよりも心配している敦の事が理解出来ないと云わんばかりに首を傾げて告げる。
「でもっ…事務所も襲われたばかりだしもしかしたらマフィアの連中に拐われたんじゃないかって心配で…」
「太宰さんが?マフィアに?」
ポカン
呆気に取られるとはこの事なのだろう。
予想だにしていなかった敦の言葉にポカンとしていた薄雪だったが、直ぐに苦笑して、云った。
「心配せずともその内、帰ってきますよ」
「そう……ですか、ね」
「はい。譬えマフィアに拐かされていたとしても、太宰さんならば適当に遊んで帰って来ることでしょうし」
薄雪の言葉で、
無理矢理、自身を納得させたような顔を作り、敦は自室へと戻っていった。