第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
『これが、最後になるから···いいよ』
桜「ありがとう、梓」
最後まで言い終わる時には、既に私は桜太の腕の中にいて。
初めて会った時と変わらない柔軟剤の香りと、昔から変わらない桜太の温もり。
そっと胸いっぱいに全てを吸い込み···その思い出を閉じていく。
『もう、行かなくちゃ』
そう言って、ゆっくりと桜太の胸を押し返せば、桜太がすぐに私を引き戻す。
『桜太···?』
桜「梓。もし···またいつか俺達がどこかで会える事があったら、その時は、さ···俺のわがままを、ひとつだけ叶えてくれるって、約束してくれる?」
『わがままを、ひとつ?』
桜「うん···それがどんなに難しい事でも、ひとつだけ叶えて」
きっと、そのいつかなんて来るとは思えない。
だけど、真剣な眼差しの桜太を見て···私は頷いた。
『約束、する。だから、もし···その時があったら、桜太は私のわがままを叶えてね?』
桜「分かった、約束するよ」
『じゃ、行くね』
桜「あぁ、じゃ」
桜太と初めて会った公園の入口で、桜太に背中を向けて1歩、また1歩と歩き出す。
振り返っちゃ、ダメ。
真っ直ぐ、歩かなきゃ。
私が決めた事なんだから、途中で振り返ったりしたら気持ちが揺らいでしまうかも知れない。
キュッと唇を噛んで、帰り道へと続く曲がり角まで一気に歩く。
ここを曲がれば、全てが終わる。
だから、最後に少しだけなら···いいよね?
もしかしたらもう、桜太の後ろ姿なんて小さくなってしまってるかも知れない。
もしかしたらもう、見えなくなってるかも知れない。
そう思いながらも、ゆっくり、そっと···振り返ってみる。
『ズルいよ···桜太···』
離れた先には公園の入口から少しも動いていない桜太が見えて、私が振り返るのを見ると穏やかな微笑みを浮かべて私に手を振った。
『バイバイ、桜太。それから、ありがとう』
小さく呟いて、私も手を振り返して。
浮かび始めた涙が零れてしまわないうちに、その路地へと姿を吸い込ませた。