第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
お互いの予定が空いていた数日後、その日は訪れる。
待ち合わせに指定したのは、私達が始まった日でもある···この場所。
あれから何年も経っているのに、景色はあの頃のまま変わらずに心地よい日差しをキラキラとさせていた。
桜「随分と早いね」
ぼんやりと景色を眺めていると、スッと目の前に影が落ちる。
『そうかも?···なんとなく、ゆっくりと桜太を待ちたかったから』
顔を見なくたって、声だけでそれが誰なのか分かる。
付き合い始めの頃は、慧太くんが桜太のフリをして騙されたりって事が数回あったけど。
それも本当に、最初の頃だけで。
『隣···座る?』
荷物を寄せて場所を開ければ、一定の距離を保ちながら桜太が腰を降ろした。
桜「いい、天気だね」
『そうだね···風が気持ちよく吹いてる』
お互いにまだ顔をちゃんと見ないまま、ただ、ぼんやりと風に吹かれながら、そこに私達がいるということを感じる。
『桜太、あのね···私···』
膝に置いた手をキュッと握り、自分が出した答えを伝えようと桜太の顔を見つめる。
『ずっとずっと···桜太が好きだった』
桜「···うん、知ってる」
『誰よりも大好きだった···』
言いながら、涙で目の前の桜太が滲んで行く。
泣かないって決めてたのに、桜太の顔を見ると···その決意が揺らいだ。
大好きだった優しい微笑み。
私の名前を呼ぶ、桜太の声。
あの頃と変わらない、柔軟剤の香り。
何も変わってないはずなのに、どうしてこんなにも苦しくなるんだろう。
じわじわと視界が大きく滲んで行く。
次第にそれは大きな粒となって頬を伝って···落ちた。
桜「梓のなかではもう···過去形、なんだね···」
『ごめ···な、さい···』
桜「そっか···俺も、寂しい思いばかりさせて···ごめん···」
桜太はそれ以上なにも言わずに、ただずっと私が落ち着くまでそばにいてくれた。
しばらくして、ようやく私の気持ちが落ち着いた頃。
私の傍らに置いていた紙袋を桜太に差し出した。
桜「これは···?」
『なにも聞かずに、受け取って欲しいの。もし、必要がなかったら···処分してくれて構わないから』
桜「いま開けてもいい?」
『それはダメ。家に戻ったら、開けてもいいよ』
桜「えー···」