第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
あの夜から何度か桜太からの着信はあった。
けど、いろんな事を追求するのも、追求されるのも怖くて着信を取ることはなかった。
和泉君からも特に連絡はなく、そんな日々を私は課題に熱中する事で紛らわせていた。
それでも、いくら絵を描いても思うように描けず、アトリエの至る所に中途半端に描き止まったキャンバスが溢れていた。
『随分とムダにしちゃったかも』
ひとり呟いて、溢れかえったキャンバスを片付け出せば、いつ描いたのかさえ分からないような懐かしいデッサンがヒラリと現れる。
拾い上げ、その構図をしばらく眺め···小さな白いキャンバスと向かい合った。
『出来た···』
無我夢中で筆を走らせ続け、自分の思い描く仕上がりとなったキャンバスを見つめる。
まだ付き合い初めの頃に桜太から聞いた思い出話から生まれた、デッサン。
これがこんな風な形で仕上がるとは、その頃の自分はきっと考えもしなかっただろう。
でも。
これで、やっと···前向きになれる気がする。
寂しい···も。
会いたい···も。
どんな事も、きちんと胸にしまって。
ちゃんと向き合わないといけないんだと、ひとつの区切りを付ける。
そんなに深く塗り込んではいないから、すぐ乾くよね。
そしたら、桜太に自分から連絡をしよう。
それまでは、これまでの事と、これからの事をよく考えて過ごそう。
例えどんな結論になってもいい。
ケンカになってしまってもいい。
歩み寄って、たくさん話をして、それで···
私達が、お互いに自分らしく···前を向けるように。
待たせるのも、待つのも···どっちも選べないから。