第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
和泉君との食事は昔話に思いを寄せる会話が多く、懐かしんだり、笑ったり、そんな時間を過ごせた事が嬉しくて、また誘うという言葉にも頷いていた。
社交的な和泉君だから、きっと社交辞令として言ってくれたんだよね···
そんな事を考えながら数日を過ごして、相変わらずなかなか会えない日々が続いている桜太の事も、いつしか気にならない程になっていた。
和「また誘われてくれて、オレとしては有難いけど···大丈夫か?」
もう何度目かになる食事の席で、和泉君が心配そうに私の顔を覗く。
『大丈夫かって、なにが?』
和「あ、いや。だからさ、城戸···とか。まだ続いてんだろ?」
何気なく言われた “ まだ ” という言葉に胸が痛い。
続いているとはいえ、もうどれくらい会えていないかさえ分からない相手を心配されている私って、どうなんだろう。
『桜太なら、大丈夫だよ。ずっと医大の方が忙しいみたいだし、将来···きっといいドクターになる為の勉強や研究だから忙しそうだし』
本当は、たまに話す電話でさえ···和泉君とこうして会って食事を共にしている事も言ってはない。
言わなきゃ···と思っても、前に見掛けてしまった姿が脳裏にチラついて、桜太だって話してくれてない事があるんだから大丈夫だと、自分にむりやり言い聞かせてしまっていた。
和「もしかして城戸と伊吹さんって、倦怠期ってヤツ?」
『どうしてそう思うの?』
和「いや、違ったら謝るけど···なんだか最近のキミと話してるとさ、城戸の名前が出てこないし。それに、オレが城戸の話を振れば、どことなく辛そうな顔するから」
辛くないわけじゃない。
でも、会えない寂しさと。
少しずつ秘密事が増えて行くことと。
それが、どういう事なのかという複雑な気持ちが入り交じって···考えないようにしていただけで。
私···桜太にも、和泉君にも。
···酷いことを、してるんだ···
和「···食べようか?せっかくの食事の時に変なこと言って悪かったよ」
『私こそ···ごめんなさい···』
その後は、さっきまでの話がなかったかのように笑ったりしながら、これまでと変わらない食事の時間を楽しんだ。
ただ、違ったのは。
その日に出されたワインの味が切なかったということ。
どれだけ飲んでも、その味は変わらなかった。