第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
並んで歩き出す後ろ姿を、ただ、見つめる。
その人は、誰?
どうしてふたりで並んで歩いてるの?
複雑な気持ちがグルグルと巡り、息苦しくなって行く。
声、掛ければ良かった。
そんな後悔も、緊張と動揺でカラカラに乾き切ってしまった喉からは声を発する事も出来ずに、見送ってしまった後ろ姿が人並みに紛れて見えなくなってしまうまで動けなかった。
『課題···やらなきゃ···』
ぽつりと呟き、心と比例する重い足を引き摺るように家へと戻った。
帰宅したからといってサクサクと課題が進むかと言えばそうではなく。
さっき見てしまった事ばかりが頭を埋め尽くしていた。
···絵の具なんて、買いに行かなきゃ良かった。
そしたら、あんな場面を見なくて済んだのに。
大学へ詰めてる予定だと言っていた桜太は、街角で私ではない誰かを待っていて。
私といる時と同じ微笑みで、同じ声で、同じ歩幅で、その誰かと歩いて行ってしまった。
考えれば考えるほど、どこにもやれない気持ちが溢れ出し、もういっその事、私は必要ないんだと言われたらスッキリするんだろうか···なんて後ろ向きな考えさえ浮かんでしまう。
···今日はもう、課題に手を付けるのはやめよう。
絵画は、筆を走らせる人間の気持ちが色のバランスに直結してしまう事が多い。
今日のこんな気持ちで課題を続けても、仕上がりが納得行くものになるとは思えないから。
パタ···と筆を置き、パレットもそのままにアトリエを後にした。
その日から数日は課題が手につかず、何をする訳でもなくて、ぼんやりと過ごしていた。
気晴らしに買い物なんて言っても、特に欲しいものがある訳でもないし。
でも、ずっと家にいること自体に飽きが来てるというのもあって、ただ何となく母校である高校の先生にでも会いに行こうかな?なんて気紛れを起こして学校へと足を向けた。
数年振りの母校は懐かしく、事務室で来校手続きを済ませて職員室へ向かう。
職員室と書かれた入口の前に立ち、ノックをしようと手を伸ばした時、そのドアが先に開かれた。
『あ、すみません私···卒業生の伊吹、』
「あれ?!···こんな所で会うとか、オレ達もしかして運命?」
『···は?···えっ?!い、和泉くん?!』
高校時代にいつまでも声を掛けられては困っていた相手が、どうしてここに?!