第37章 桜満開の心 ( 伊吹 梓 )
『うそ···』
桜「俺が嘘言うように見えるの?」
『み、見えない!···けど···信じられないって言うか、その···』
そんな事、誰にも言われた事がないのと···自分に自信がなさすぎるのとで、どうしたらいいのか分からない。
桜「返事は待つから、そんなにいま悩まないで?」
悩んでる訳じゃない。
どうやって返事をしたらいいのか、それが分からなくて···
でも、そんなこと言えないし、ホントにどうしよう···
桜「電車も来たし、行こう。送ってく」
キュッと握られた手を離し、城戸くんが私の肩をポンっと触る。
その手が離れて、城戸くんが数歩進んで振り向いて···離れた手を、また掴みたくて···
その時の感情で体が動いた訳じゃない。
ただ、言葉に出来ない代わりに···城戸くんに抱きつく。
桜「っと···どうした?躓くには、何もないよ?」
ふわり···あの時と同じ香りが鼻を擽る。
あの時と同じ、落ち着く香り。
その香りを胸いっぱいに吸い込みながら、大きく吐き出した。
『···くんが、いい』
桜「なに?」
電車が動き出す音に邪魔されて、またも言葉がかきけされる。
だけど、ちゃんと伝えたいから。
だから···顔を上げて、少しでも距離を縮めて···
『私も···隣を歩くのは、城戸くんがいい···です』
これが私の、いまの精一杯···
桜「ありがとう、伊吹さん」
一瞬だけ驚いた目をした城戸くんが、人目を気にすることもなく私を抱きしめる。
1秒が永遠にも感じる、長い、長い時間を落ち着く香りに包まれながら過ごした。
「けーちゃん、おぅちゃんはあのおねえちゃんとホントにチューするの?つーちゃんもうつかれた」
慧「バカ!黙ってろっつーの!」
その声に反応して、城戸くんがパッと体を離して周りを見る。
桜「慧太、お前いつからいたんだ?」
人が少なくなったホームの柱の向こう側から、大きな影と、小さな影が細く長く伸びている。
慧「バカ、お前のせいで桜太にバレただろうが」
ガシガシと頭を掻きながら、城戸くんの弟くんが小さな女の子の手を引いて姿を見せた。
慧「コイツがどうしてもっていうから、仕方なくお前の試合を見に連れて来たんだよ。で、終わって声掛けようとしたら走って帰るし。ま、その理由もいま分かったけどな?」